〜夢を育て伸びやかに〜
  桜美学院
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生徒作文
東日本大震災の後、ドリーム教室の生徒さんに作文を書いてもらいました。

・「地震」  小学6年 Aさん
 この間、東日本で国内最大の地震がおこりました。私はその日の夜、ニュースで地震によって被害を受けた町、建物を見ました。なにもかもめちゃくちゃになっていました。そして、何より私の目に一番とまったのは津波でした。建物や車、すべてをのみこみ、最後にはその町全てを飲みこんでしまいました。自分の町が津波によってなくなってしまう所を目の前でみていたらたぶん泣きじゃくるだろうと思いました。
 一時間、一日、二日たつにつれて、死者・行方不明者がどんどん増えていくのをだまって見ていることしかできないのが悲しかったです。
 そして今、少しずつ死者、行方不明者がへってきていて、募金など私達も力になれることが少しずつ増えてきています。
 私がこの地震で地震や、津波がどれほどおそろしいものかを改めて感じさせられました。だから、私も地震のために備えをしなくてはいけないと思いました。それに、あまり役にたたないかもしれないけど節電をしたりしようと思いました。一日でもはやく、一秒でもはやく被災地の方たちが元気に、そしてまた今までのような生活がおくれるようになってほしいと思います。
・「地震の悲惨さ」  小学5年 Bさん
 あんな大きな地震。初めてテレビで見た。テレビも地震のニュースばっかりで、最初はさいあくとか、自分には関係のない事だと思っていた。
でも、あるテレビを見てそんな気持ちはなくなった。そのテレビの内容は、まったく地震のおきてない所や、少し地震があった所で、すごく地震がおきた所にいろいろな水・ふとん・赤ちゃんの使う物などを送っているという事だった。そのテレビのインタビューで、一人の人がこう答えていた。
「自分たちの所よりも、もっと大きな被害があった所のために、今自分たちにできる事です。」
と、こういうふうに答えていた。こんな優しい心を持っている人がいるのに自分は何をしているのだろう。地震がおきた所には、私と同じ学年の子だってたくさんいるにきまっている。でも、募金活動なんてできない。だから身の周りでできる事をやろうと思う。使ってないもののコンセントをぬいたり、見てないテレビは消すなどやっていきたい。少しでもいいから、コンセントをぬけば、少しでも、募金活動など、被災者のためになる事をしたら、被災者の勇気につながると思う。私は、地震をけいけんした事がないので、津波のおそろしさを知らない。地震のおそろしさを知りません。だから自分にできる事、それをやりたいと思った。

今回はドリーム教室の生徒さんに「もしもわたしが〜だったら」というテーマで想像力を働かせてもらいました。子供ならではのおもしろい作文ができました。

・「もしもわたしが星だったら」  5年 Aさん
 もし、私が夜空をかがやく星だったらどんなにおもしろいだろう。夜空から地球を見わたせるし、地球がどんなものなのかも見てみたい。もちろん流れ星になって人の願いをかなえる事も。朝になるとゆっくり休けい。昼はご飯を食べる。夕方になると夜空にかがやく準備を始める。そして夜。人がねむりにつく時間。星たちはいっせいに夜空に光りだす。かがやくのは星ばかり。夜は星がメインの時間。そして流れ星となって消えていく。毎日そのくり返し。でもたくさんの星たちと一緒に空をたんけんできる。そんな星。でも星っていつまでもかがやいているわけじゃない。かがやきすぎると赤くなり年をとって消えていく。でもこんな星でもおもしろそう。だから星になってみたい。


・「もし、私が水だったら」  5年 Bさん
 私がもし、水だったら、どうなるでしょう。水は海や川からじょうはつして、雲になって雨になってふって、森から流れて、海や川にもどる。そのくりかえしです。少しなってみたいきもします。なぜかというと、色々なれるものがたくさんあるということです。
雲にもなれるしただの水、海の水、川の水、水道からでてくる水、あと飲まれたり、さがせばもっとあると思います。いっぱいなれるものがあるっておもしろそうです。
飲まれるときは、いい人に飲まれたいなと思います。
 私は生まれ変わったら水に1度はなってみたいです。


・「もし、自分が神になったら」  6年 Cさん
 もし、自分が神になったら、まず、力をたしかめてから、貧しい人に、ねがいごとをかなえ、戦争のミサイルとか作っている国に天ばつをあたえ、病気で苦しむ人がいたら、その病気をなおす薬をあげ、いじめられている人には、幸福をあたえ、いじめている人に不幸にさせ、だいじなものをなくしてる人がいたら、明日にはその人の机にその物をおいていく。そういうかんじに、平和になるようにしたいです。



今回のテーマは小学生は「運動会」、中学生は「体育祭」です。

 「つな引き。勝てるか赤組!」   佐川小学校5年 Aさん
 運動会。私が気合を入れていどむのは、「つな引き」だ。総練習でも、そのほかの練習でも、つな引きは、赤組が負けている。だから本番では、かならず二回とも赤組が勝つ。そう私は、決心した。
 運動会の十日前。つな引きの練習が始まった。みんな一生けん命引いている。でも、白組はぐんぐん引いていく。赤組も、まけてたまるか。とつなを引く。けれど、白組が、その後に、グッ。と引き、白組の勝ち。最初は、こんな白組の強さにただただびっくりするだけだった。
 運動会の五日前。今までずっと白組に負けていた赤組。ようやく白組に勝つための大きな第一歩、つな引きのコツが分かってきた。先生におそわりながら、まずコツの一つ、こしをつなより下におろして引くという事。二つ目は、こしを下におろして、横にならずに、そのまま、まっすぐに引くという事だ。このコツをつかんだからには、白組に勝ちをあげる事は、できない。もう一度決心した。
 運動会の三日前。もうみんな、本気の顔になっていた。運動会まであと三日。何だか、運動会がまちどおしくなってきた。
 運動会当日。
「次は、五、六年生のつな引きです。」
じゅんび係がよびにきた。きんちょうしてくる。
「よーい。どん。」
 始まった。コツをつかんだからには、負けるわけには、いかない。コツのとおりに、つなを引く。
「サーウン。サーウン。」
息を合わせてつなを引く。
「ピッ。」
終った。結果は・・・。
「赤組が勝ちました。」
放送が聞こえた。やった〜。みんなで喜んでいた。


「運動会」   佐川小学校 6年  Bさん
 運動会は、9月25日にありました。今までで一番楽しい運動会でした。一番の思い出はリレーでした。一番の人が走って二番三番と回ってきて、私の出番の順番が回ってきたら2位か3位だったので、自分でぬかれて最後になったらどうしようとずっと思っていました。お客さんがたくさんいる所を走りぬけて、直線に入った所で少し前に人に追いつきました。最後のコーナーの所からぐんぐん追いついたけれど、ぬけませんでした。最後のリレーの結果は赤が勝ちました。うれしかったです。いつも練習をしている時は、白がかっていたので、本番では勝ちたいなぁとと思っていたので、勝ててうれしかったです。
 最後の閉会式での結果は、白組が勝ちました。残念でした。でも、自分のもっている力を全部出し切れたので、よかったです。いい運動会になってよかったです。


「体育祭」  佐川中学校1年  Cくん
 僕は、体育祭を終えて、良かったと思ったり、心に残った競技がいくつかありました。
 一年生第一回目の競技は、100m走でした。僕は小学校のころから走るのが遅かったので、100m走では、全く自信がありませんでした。走った結果、ビリに終ったけれど、一生懸命走ったので良かったと思います。
 その後、カウボーイがありました。ぼくは、下で人を支える方だったので、とても力がいったけど、がんばって成功したので、うれしかったです。残りの午前競技、騎馬戦と組立ても、とても気合を入れてがんばったので、全て成功しました。うれしかったです。午後の競技は、台風の目でした。台風の目は跳んだり、しゃがんだり、行動に波があったので、つかれたけれど、最後までがんばれました。
 最後の閉会式の時、得点発表になるまで、ドキドキしました。得点発表では、赤組がビリだったので、とても悔しかったです。でも、パネルをとったのは赤組だったので、少しはうれしかったです。この悔しさを、来年の体育祭では、喜びに変えたいと思っています。また来年もがんばります。


「体育祭」  佐川中2年  Dさん
今年で二度目の体育祭でした。私が一番思い出に残っているのは、二年男女種目の大縄跳びです。練習の時はクラス全員そろわなくて大変でした。中には、苦手な人や跳ぼうとしない人がいて、困ったり怒ったりしてしまいました。時には仲間割れをした時もあります。本番では大丈夫か心配でした。
ある日の放課後、別の種目の練習をしていると、跳ぶのが苦手な人などが大縄跳びをしていました。みんな何度も繰り返して練習して、今までより多く跳びました。その日から練習に取り組みがんばりました。
その練習の結果、一番多く跳ぶことができました。最初の方は、仲間がバラバラでまとまることができませんでした。しかし、練習を通して協力し、一つになれることができました。今年の体育祭でいろんなことを学べることができました。


「体育祭」  佐川中2年  Eくん
 体育祭の競技で僕達は学年種目に「大縄跳び」、「道」という競技をしました。
 ちなみに「道」とはクラスの中で1人代表を選び、それ以外の人は馬跳びをするように一列に並びその上を渡っていき、渡られた人はまた向こうで道を作る、いわば、馬跳びもどきのような競技です。
「大縄跳び」はその名の通り、大縄を回して跳んだ回数をきそいあいます。
今回僕達が挑戦した2つの競技に共通する点がありました。それは、「チームワーク」です。
僕達が「道」の練習をしていて難しく感じたことは、土台となる道でした。上の人が速く渡っても、下の人がついていかないという問題でした。
「大縄跳び」でも、初めのうちは、息があっていないのか、思った以上に回数が続きませんでした。
しかし、練習の回数を重ねていくと、しだいにどちらも上手くできるようになりました。
これは、動きに慣れたというのもあったかもしれないけど、じょじょに「チームワーク」が生まれていったからだと僕は思いました。
体育祭で一番盛りあがる競技はやはり、綱引きやリレーだと思います。例にあげた2つの競技どちらもやはり「チームワーク」が必要なのではないかと思いました。
全競技が終り結果発表が行われ、総合優勝を勝ち取ったのは我らが青組でした。
これも「チームワーク」で勝ち取れたのではないでしょうか。
今回の体育祭で学んだ事を一言で言うならやはり「チームワーク」です。体育祭にたくさんの感動があるのは一人で戦うのではなくチーム一丸となって戦うからこそ多くの感動が生まれるのではないかと僕は思いました。


「体育祭」 佐川中学校 2年  Fくん
 体育祭の感想は、結果では自分の色が優勝したが、自分達が上手くできなくて負けた競技がいくつかある。それを説明しようと思う。
 一つ目は、道という競技である。ルールは生徒が背中をくっつけて作った道の上を代表者が走るという競技である。この競技の負けた点は自分の背中の上を通ったらすぐ新しい道を作らなければならないが、皆が遠りょしてすぐ道を作ることができなかったところである。来年は自分達ができない競技だが、来年の二年生に自分たちの失敗を伝え、それを生かしてがんばってほしいと思う。
 二つ目は百メートル走である。この競技のルールは、その名の通り百メートルを走り順位をきそう競技である。この競技の負けた点は、最後まで全力で走らなかったところである。自分が一位になって、このまま勝てると思って、気をぬいたら最後、後ろから最後まで全力で走ろうとする人にすぐぬかれ、一度ぬいた力は、もどってこず、けっきょく負けるハメになるのである。このことから、私は一つの大事なことに気づいたのである。何事も最後の最後の最後まであきらめてはいけないということを学んでだのである。この体育祭は皆との団結と努力の結しょうであり、新たなことを気付かせてくれた最高の体育祭であった。


「体育祭」 佐川中2年  Gくん
 今年の体育祭は去年より体力を使う競技が多かったです。二回目の体育祭だったので流れや、動きなどは分かっていたけど、新しい競技などがふえてとまどったことが多かったです。
 毎年色別の応援や男子だけの組み立てがあり、私は応援がすごくきらいでした。ほぼ毎日練習して、声を出してそれだけで半日もやって他の練習してたらたおれそうになるからです。
 でも、本番で応援が終るとすごく達成感があじわえました。その時に、達成感のすばらしさをしり、何事もがんばろうかなと思いました。
 体育祭で悔いの残ったことが一つあります。それは、係りの仕事で体育祭のしめでもあるピストルを四回ならす担当で四回目なのに、もう一人の人といっしょにならしてしまって、三回しかならなかったのがすごくくやしいです。
 それと私達の赤組は学年優勝を取りました。総合優勝はのがしたものの、来年こそは、総合優勝して中学校最後の体育祭を思い出に残したいです。


「体育祭」  佐川中2年  Hさん
 今年で二年目の体育祭は昨年より思い出深いものになった。私は今年青組だった。
 快晴の空の下で体育祭が開催された。百メートル走や二人三脚と、今まで一生懸命に練習した競技はあっという間に終了し、私がこの体育祭でとても心に残ることになる鳴子になった。厳しい練習をしてきたので、鳴子賞を獲得したいと思った。変更されたところなどを失敗しないように、自分の全てを出して踊ることができた。
 午後の部、応援合戦からスタートし苦い思い出が残った綱引きになった。総合練習でも全色の女子に勝ち、男子にも圧勝していた綱引きで全敗した。ものすごく悔しかった。その後、応援して感動した色別リレーの男女が終了し、結果発表。
「総合優勝は・・・青組!」
それを聞いた瞬間涙が出てきて、友達とさけびながら喜んだ。次は鳴子の発表だ。
「鳴子賞・・・青組!」
最初、「えっ?」と周りがポツポツ声が出た後、みんなで抱き合って喜んだ。その後青組は応援も勝ち取り、三つの賞をもらった。
 本当に二週間でたくさん学んだ体育祭だった。来年はチームにこうけんできるような存在になりたい。


「体育祭」  佐川中2年  Iさん
 今年の体育祭私はもりあがると思い、実行委員をやらせてもらいました。
 私は、赤組でみんなと協力して体育祭をもりあげようとしました。
応援は最初みんなの声も小さくて、わからないことだらけだったけど団長はやさしく、私達に教えてくれて、朝から夕方まで大きな声を出してがんばりました。
 私達は、組み立ても練習し、足やこしがいたくなることもありました。組み立ての中にタワーやピラミッドという形もあってしんどかったです。何回も失敗したりもしたけど本番はちゃんと全部成功しました。
来年の体育祭は私達が三年になるので、一、二年をひっぱっていこうと思います。
私は先輩がたの姿を見て来年は団長になり、がんばりたいと思います。


「体育祭を終えて」  佐川中2年  Jさん
 「みんな優勝できんかってごめん。でも、ついてきてくれてありがとう。」
 これは、黄組が最後に集まった時に団長が泣きながら言っていた言葉です。私は、最後まで団長という責任を捨てずにいた団長が、すごいと思いました。
その他にも、応援や鳴子長、パネル長の先輩達が泣きながら、
「本当にごめん。みんなと一緒に練習できてよかったです。」
 一人一人が頭を下げてあやまっていました。
(どうしてあんなに必死になれるが?)
 最初のころは、不思議だったのに、今では必死に取り組んでいる先輩がすごくかっこいいと思います。
 集まった最後に黄組全員で、
「イエローNO1」
とさけんだことは、これから忘れることがない思い出になったと思います。


「体育祭」  佐川中2年 Kさん
 9月19日に体育祭がありました。私たち、2年がやる種目の中には「大縄とび」がありました。練習の時にはあんまり長く続かなくて「本番は大丈夫かな?」と少し心配していました。
 いよいよ体育祭当日になりました。大縄とびは午後の最初の競技だったので他のなんの競技よりも緊張しました。「私がひっかかったらみんなに迷惑をかける・・・。絶対ひっかかったらいかん。」と、昼休みから不安でたまりませんでした。「せーのーさんで!!」縄がまわる合図です。「1、2、3、4・・・」周りのみんなも、とんでいるみんなも数えています。とびだしたその瞬間、今までの不安や緊張がどこかにとんでいきました。練習の時の何倍もとべて、100近く続きました。そして、「大縄とび」での順位は一位でした。学年優勝もできて、いい体育祭の思い出になって良かったです。

     卒塾する生徒のみなさんに桜美の思い出を綴ってもらいました。

・「桜美で学んで」  六年 A君
 ぼくは三年間この桜美学院で学んで何を勉強したらいいのか、どういうふうにすれば受験に合格するのかなどを知ったし、自分からやることを身につけました。それにH先生とK先生からはどうやれば勉強に集中できるかを、Y先生からは大人のような考え方を学びました。ぼくはたぶんこれからの中学校の勉強の英語や数学でつまづくと思うのでこの塾へきて復習や予習をしたいです。この塾へきたらいろんな人と会えるのでせめて今度勉強を目的にくるときは、知らない人と話せるような能力を身につけておきたいです。3年間本当にありがとうございました。

・「桜美で学んで」  六年 Bさん
 三年生の終わりごろに入って、ほとんどできなかった理科が、どんどんできるようになって、学校のテストでは百点が取れるようになりました。だから、理科の時は、いつも楽しくできるようになりました。
 その他の教科も、だんだん分かってきました。
 だから私は、学芸を受けようと思いました。私は最初は簡単だと思っていました。でも、勉強をしているとだんだん、どんなにむずかしいかが分かってきました。そして、あと一週間のとき私は、あぶないじょうたいでした。
 だから夜お弁当を母にもってきてもらい、おそくまで桜美で勉強させてもらいました。
 そして、結果は合格でした。みんなは、
「最後の一週間がんばったもんね。」
「おめでとう。」
と言ってくれました。本当に桜美でよかったと思いました。


・「桜美で学んで」  六年  Cさん
 桜美学院に三年生の終わりから入ってから学んだ事は、算数ならインド式計算は、二ケタ×二ケタや三ケタ×三ケタなどが暗算でできてしまうことなどです。他にもたくさんの事を学びました。そして、算数はすごく楽しいことがとてもよくわかりました。
 社会では、四年生の頃などでは県名や県庁所在地などを教えてくれたりして学校の友達より早く覚えることができました。他にも、歴史を学校より先に教えてもらい、大嫌いだった社会が好きになりました。おかげでとてもたくさんの事をまなぶことができました。
理科や国語も算数、社会と同じようにたくさんの事を学びました。
・「桜美に学んで」  中三  Dさん
 私は、桜美学院という塾に小学校の頃から通っていました。
 通塾当初の頃は、知り合いの子が全くいなくて不安でした。その中で、他校の自分より一歳年上の女の子と出会い、それからは段々と塾に行くのが楽しみになりました。
 そうしていくうちに段々と他校の子とも仲よくなれていきました。
 そして月日がたち私は中学三年生、受験生になりました。先生方にアドバイスを頂いたり、相談事も気軽に話すことができました。
 私にとって先生方のアドバイスはとても役に立ち、新しい道が切り開くことができました。
 最後になりますが、この塾に入って、友達もでき、とても多くのことが学べてよかったと思いとても感謝しています。
 小さい頃から本当にお世話になりました。


・「桜美で学んで」  中三  Eさん
 私は、ほかの人より遅くこの塾に通い始めたので、最初は周りの人のレベルの高さに圧倒されました。塾に通う前までは、まじめに勉強をしてこなかったので、分からないことだらけでついていくのがたいへんでした。しかしそんな私でも、熱心に教えてくれる先生や友だちのおかげで、いつでも理解し、前に進んでいくことができたと思います。私は桜美のこういった所が好きです。分からない所を気がるに相談できる人が周りにいるというのはとても安心できました。入試が近くなっても模試で良い結果が出なかった時は、さすがに落ち込みましたが、塾が後押ししてくれたので頑張ろうという気持ちを切らさずに受験の日を迎えられたと思います。 勉強が大好きという人はあまりいないと思いますが、私はたぶん、ほかの人以上に勉強が嫌いでした。しかし桜美で学んでいくうちに、分からないから勉強が嫌いなんだと思うようになっていました。今までとけなかった問題がとけるようになってくると、もっ勉強しようと思えたからです。
 最後に・・・・・桜美は卓球ができるので休み時間、とっても楽しかったです。

・「桜美で学んで」  中三  Fくん
 僕は中学一年のときに受けた中間テストの結果がよくありませんでした。間違った箇所をみてみると、凡ミスや少し考えればできる問題だったりでした。
 そんなことを無くすためと、学力向上のために、僕は桜美学院に入れられました。
 初めは、親に行かされている感や場の雰囲気になじめないのもあって、塾に行くのがいやでした。
 でも、中学校で学べないこと、例えば数学だと簡単な計算の仕方やそれをやるための計算の仕方。英語だと理解できるまでとことんやっていくやり方。そんなやり方を学んでいくうちに、くろしおテストや学校の定期テストでの点が少しずつ上がってきました。
 すると、行くのが嫌だった塾が、行きたくてたまらない程になりました。
 そんなこともありながら通っていた桜美も、一旦卒業を迎える時季になってしまいました。今までたくさんのことを教えてくださった先生方、ありがとうございました。字にして書くことができないことをメッチャ学びました。一旦ここを離れますが、恐らく、いや確実に助けを求めに行くと思いますので、そのときはまたよろしくお願いします。 本当にありがとうございました。


・「桜美で学んで」  中三  Gさん
 私が桜美に来たのは中一の四月ぐらいで、友達に誘われて入ったのですが、最初の方は慣れないせいか、授業がしんどくて嫌でした。特に英語は英作とかがあり、何回もやり直しばかりで落ち込んだりしましたが、テキストとかが進んでいくにつれて、英語の点数が上がってきました。そうなってくると、塾の見方も変わり、学校の期末テストや、中間テストでも、塾で習ったことが生かされるようになりました。中二になるころには、塾に入ったころに比べるとはるかに点数ものびてきて中間テストとかになると家でも点数のとれる教科は、てってい的に勉強しました。そうしていく中で苦手な教科と得意な教科との点数の差が、はっきりしてくるようになってしまい困りましたが、苦手な教科は塾に来て教えてもらうことにより、カバーできました。
 桜美で学んで、得意教科は伸びて、苦手な教科はまだ不充分ではありますが、塾に入ってなかったら今以上に点数が悪かったので塾に入ってよかったと思います。
・「桜美で学んで」  中三  Hさん
 この三年間でたくさんのことを学びました。受験のときにしんどいなと思うことがありました。けれど、友達といっしょに桜美で勉強できて楽しかったです。
 私はもしこの桜美にはいっていなかったら今ごろ最悪なことになっていたかもしれません。たぶんテストの点数とかもひどいことになっていたかもしれません。高校だって合格してなかったかもしれないなと思いました。
 でも今こうして高校に合格できているのは桜美のおかげやと思います。
 勉強だけでなく友達も新しくできました。人みしりな私が学校以外の場所で友達ができたことが自分でもびっくりしています。
これも桜美におったからこそできたことだと思っています。本当にこの三年間桜美におってよかったなと思っています。


・「桜美で学んで」  中三  Iさん
 私は桜美で学んでよかったと思っています。
 私は中学二年の時から桜美にきて学びはじめました。最初の頃は授業についていけなくてみんなとは違うことをしていましたが、少しずつ勉強をしていくうちに桜美の授業も学校の授業もわかるようになり、テストの点数もあがってきました。特に数学は一年の頃からもうすでにちんぷんかんぷんでたいへんでしたが、桜美でわからないところを授業で学んでいくうちにわかるようになり、桜美にくる前より五十点ぐらいのちがいがでてきました。今では得意分野です。
 苦手分野は一年の頃から変わらずの英語で、二年のころでもまだアルファベットを覚えきれずにいましたが、ずいぶん点数があがりました。
 コツコツと努力すれば誰でも授業がわかるようになり、点数も上がる、日々の努力のつみ重ねが大事なんだということを桜美で学ぶことができて私はよかったと思います。


・「桜美で学んで」  中三  Jくん
 夏休みの途中、志望校もまったく決まっていない状態で、僕は桜美学院に入塾しました。わざわざ吾川まで来てくれて、とても親切だなぁと思っていました。吾川教室では、部活動で一緒だった池川の人も一緒だったので、とてもやりやすい環境で学習することができました。この頃から、勉強すると共に、学力が身につくのが実感でき、努力する喜びを知りました。
 秋が来て、九月二十七日の僕の誕生日に初めての統一模試を受けました。土佐塾の教室で受けたので、とても緊張しました。結果はボロボロで、努力不足を痛感しました。統一模試では闘争心を燃やしながら自分と戦い、毎月の楽しみとなっていました。志望校が決定していなかったので、とりあえず志望先は追手前高校にしました。自分の立ち位置は低く平均点を下回り、「流石、追手前」とレベルの違いを思い知りました。
 北風が吹き冬期講習が始まりました。いつのまにか志望校は自分の中で追手前に決まっていました。決定理由は周りの人の反発からで、死ぬ気で合格してやろうと決意し、佐川教室での学習に臨みました。毎日の塾通いは最初は慣れませんでしたが、苦にはなりませんでした。冬期講習が終ってからも吾川教室で塾が無いときは佐川教室へ通わせてもらいました。まったくと言って良い程、なじめませんでしたが、授業が楽しかったので四時間という時はあっちゅう間に過ぎました。僕はそこで、入試へのラストスパートをかけて、いざ前期試験を受けました。
 春が来て、サクラ咲きました。努力が芽を出しました。桜美学院のおかげです。これからどう咲かせるのかは自分自身で、どういう花かは種によりますが、立派に生きていきたいと思っています。八ヵ月という時間、ありがとうございました。


・「桜美で学んだこと」  中三  Kさん
 私は二年生の途中からこの塾に入りました。塾に入るまでは、学校の定期テストなどでも満足できるものではなく、合計点も良い時と悪い時の差が大きいのが悩みでもありました。
 しかし、塾に入ってから、徐々に点数も伸び、三年の定期テストでは六十点近くも上がりました。そしてほとんどのテストの点数をキープすることができました。
 私の苦手とする数学も塾では応用問題も練習できたのでかなり力はつきました。なので今まで解けなかった問題も最後まであきらめず解くことができました。
 最後に、勉強はもちろんですが、塾には他校の人もおり、仲よくなれる場でもありました。色んな面で学べたことが本当によかったです。


・「桜美に学んで」  中三  Lくん
 僕は、桜美で勉強してよかったと思っています。その理由は桜美で勉強したことによって小津高校の理数科に合格できたからです。
 僕があのまま桜美に行かず、家で勉強していれば、小津高校にはたぶん受かってなかったと思います。ニガテな英語もニガテじゃなくなり、理科や数学は、さらに得意になることができました。 そして、とても楽しかったです。 今まで、ありがとうございました。

ドリーム教室の生徒さんが「詩」にチャレンジ!
かわいい詩ができました。

「春夏秋冬」   六年  Aさん

  春が来た
  空高く草花が芽を出す
  チュンチュンと鳴く小鳥達に
  「おはよう」と言う草花に
  「おはよう」とかえす小鳥達
  夏が来た
  青々と光りはじめる木の葉達
  それを見つけたセミの子は
  ヨイショヨイショとのぼりはじめる
  しばらくよろしくね!
  と声をかけた
  秋が来た
  青々と光っていた木の葉はね
  黄色かがやく葉に・・・
  ヒラヒラと下におちては
  パリパリふまれる木の葉達
  冬が来た
  葉が一枚もない木達
  「さむいさむい」
  と声をかけあう木達
  ではまた来年

今回の作文は「学びに競争は必要か」「 テストに順位は必要か」というタイトルです。
まず、中学1年生の作文からご紹介いたします。

※私は、順位は必要ではないと思います。
  理由は、点数や、学力の伸びに順位をつけてしまうと、その個々の力や人間性に順位をつけてしまうということになると思うからです。順位をつけるということは、“人の価値に順位をつける”ということだから、人と争うんじゃなくて過去の自分と今の自分で争うそれが大事だと思います。勉強も人に無理においついていかなくても自分のペースである程度、保っていけばいいと思います。大切な事は、人と争うんじゃなくて自分と争うことだと思います。
 私も一番をとったらうれしいけど、私がよろこぶ反面、最後のほうでかなしい思いをする人がいる。それは平等ではないと思います。自分のペースで進んでいく。無理はしない。これが大切だと思います。人にはペースがあるから、それをわからないまま、ひきあげるんではなくて、分かるようにその人、個々のペースをつくっていくためには、競争や順位は、必要でないと思います。

※この題名を見て『学びに競争は必要か』ということについて考えてみた所、わたしは必要と思う。と言うか生まれてきてからずっとテストや勉強には、必ずといっていいほど競争がついてくるものだと私はずっと思っていた。受験戦争とかはそういう競争があるから生まれるものである。
  もしもこの世の中に競争や順位などがなかったらその世界はさぞや『お気楽』な世界と私は思う。だって競争することによって、人は一生けん命何かをしようとするんだと思うし、そのことは無駄にはならないと思う。
 テストにだって順位があることによって自分に何ができて何ができないかということが一目で分かるし、苦手な部分を伸ばしていけるのだと思う。
  これは私の思ったことにすぎないけれどももしかしたらこれからの社会に競争や順位が無くなる日があるかもしれないが、私はテストや学びには競争や順位が必要だと思う。 

※私は、どっちも正しいし、どっちも正しくないと思います。学びの競争は、競争することによって、「がんばるぞ!」という気持ちに慣れるのでいいと思います。でも、競争もきらいな人もいると思います。それに、おちついてやるとできるのに、競争してやると、急いでしまってまちがうのも多くなると思います。でも私は、テストで順位がつくのはいいと思います。なぜなら、テストの点が高いとうれしいし、低いと、次はがんばろう!という気持ちになって、学力を伸ばせると思います。でも、もしかして、順位が低くて、おちこんでしまい、「もういいや」と思う人もいると思います。なのでテストに順位は必要かどうかもわからなくなります。
この問題難しいけど、「関係ない」とか、言わずに、考えてみるのもいいと思います。

※ぼくは学びに競争は必要だと思います。
  世の中の仕事全ては戦いで成り立っていて、自分ががんばって勉学に努め、他人よりもよい成績を残し、良い学校、良い仕事に就いてくいが残らないよう努力していくことそのものが大切だと思っています。
 自分が他人よりリードしていって、人々のリーダーになる。そういう生存競争も今では必要な行動になっています。
 他人と同じ反応、考え方と言う様なものではなく自分の意思を大切にするオリジナルの自分を作る。そういうことにもこの競争は必要だと思います。
  というより、こういう競争があったからこそ人類はここまで来れた。という事もあります。

※私は順位や競争は必要だと思います。
  理由は、私自身、自分が今、クラスでどの辺の成績なのかすごく気になります。そして上位の方にいたら、とても大きな自信へとつながります。逆に、下のほうの順位だったら努力へと変わると思うからです。
 また、友達と競争したりすると「負けたくない。」そういう思いが出てくると私は思います。そして、負けないために勉強をしだして、成績も上がるのではないかなと思います。
  でも、私はその順位をはりだしたり、そういうことはよくないと思います。たとえ、上位の人だけを出す。という事でも、やっぱり本人のきもちもあるし、そういう順位は必要だと思うけれど、本人だけが、自分の順位を知っていたら良いと思います。
  また、競争も、無理にするのではなくて、自然にライバルと思える人とするものだと思います。

※学びに競争は必要か、テストに順位は必要か。私は両方とも必要だと思います。
  理由は、この両方がないと自分のライバルがわからなくなると思います。たとえば、テストの場合、テストをするだけやったら自分はクラス、学年の中で点は良い方なのかということが全然わからないと思います。もし、自分がクラスでテストの点が良かったら、これからもがんばって順位が自分よりまだ上の人を抜けれるようにがんばらな。と努力することができます。もし、自分がクラスでテストの点が悪かったら、まだまだ上にはたくさんのライバルがいる。ということになってもっとがんばれるようになると思います。
こういう理由で私は、競争と順位は必要だと思いました。

※私は、テストに順位が必要か、必要じゃないかときかれると、必要とも必要じゃないとも言えません。
  もし、順位があれば、一位をとった時すごくうれしい時もあるし、逆に順位がわるかった時、人と比べられるのはいやで、順位をつけられることによってテストがいやになると思います。
  テストがいやでも、友達と競争(どっちの方が点がよかったか)すると、“やるき”が出ていい点数がとれる時もあるし、競争していい点数がぜったいとれるってわけじゃないから、いやだし、いろんな意味で、どちらなのかよく分かりません。
でも、どちらかというと、私は競争もせず順位もつけてもらいたくは、ありません。
テストの点がよかったかわるかったかではなく、それなりに、せいいっぱい自分でがんばればいいと思います。

※私は、テストに順位は必要ないと思います。理由はテストの点がよかった人は、いいと思いますが、点が悪かった人はあまりそういうのを順位で表したくないからです。もし、本人(点が悪かった人)でも勉強をいっしょうけんめいにしても結果がだめで親にすごくしかられることがあるからです。自分の点数を順位で表すものだから、ほかの人と比べたもので順位にだすから、そういうことになります。自分もそうですが順位にだすと、点が悪かった人が、傷ついてしまったりおちこんだり自信がなくなったりやる気をなくしてしまったり勉強がいやになったりするからです。おちこんでも立ちなおる人がいても立ちなおれない人がいるからです。だから私はぜったいに順位は必要ないと思います。

次は中学2年生の意見です。

※私は学びに競争は必要だと思います。なぜなら、競争があるからこそ、「頑張る」という気持ちが芽生えて、勉強に集中できるからだと思います。
  私の身の回りには、勉強がよくできる女子がたくさんいます。私はその一人一人がライバルだと思っています。テストで私より良い点をとった人がいれば、「次こそ、もっと良い点をとるぞ。」という競争心が生まれてくるし、その分、私のほうが点が上だったら「勉強して良かった。次も頑張るぞ。」という気持ちになり、また切り換えて勉強に集中できます。
 時には悔しかったり、時には嬉しかったり、この競争という言葉があるから、人間は、勉強も含めて、何事にも頑張っていけるのだと私は思います。
  そういう意味で、学びに競争は必要であって、むしろ大切なものであると思います。

※私は学びに競争は必要ないと思います。理由は、それぞれ人は苦手なものと得意なものがあり、例として体育はできるが勉強が苦手な人がいたとすると、勉強の得意な人は普通に授業をうけていてもだいたい意味が分かりそんなに勉強しなくても点のとれる科目はあると思います。
  でも勉強が苦手な人はできる人より時間がかかると思います。私は別に競争するのが悪いとは思いませんが、人それぞれの得意なものを伸ばして苦手なものはある程度できれば良いと思います。人はみんな得意なものもあれば苦手なものもあってそれを全部かんぺきにすることはできないと思います。だからといってあきらめてはいけませんが全部競争して順位をきめたりしてはいけないと思います。
 他人が自分より上だからもっとがんばろうみたいなことよりか自分から進んでとり組んだ方が結果につながると思います。
 私が思うには競争も時には必要だと思いますが、ある程度、点に左右されず自分のもっている力を出せたらそれでいいと思いました。

※私は必要だと思います。なぜなら、テストに順位があれば今の自分はこれだけできてるんだなとか、次は何位を目指そうなど目標が立てやすいし分かりやすいからです。
 競争は競争でも、いい競争であれば必要だと思います。私にとっていい競争とは、友達であればお互いが上へとのびていける競争です。でも、たまにライバルをねたんだりひがんだりする場合があります。その競争だと、お互いが上へのびていかないと思います。
  「学びに競争は必要か」と聞かれて、必要だと言う人もいたり、逆に必要ではないと言う人もいると思います。人それぞれのやり方があるし、上へのびる方法も違います。
 自分のやり方で、上へとのびっていったらいいなと思います。

※学びに競争は必要か、必要な人には必要だし、必要じゃない人にはいらないと思う。
  理由は、人と競争して勝ちたいから必死に勉強して、クラスで1位をとりたいと思う人も居るだろうし、人と競争とかきそわずマイペースに勉強している人も居ると思うからです。
  でも、どちらかというと競争などをしている方が、いいと思います。人と競争して勝つことを目標にすると、達成感もあるし、もし勝てなくても、次は勝つとか、目標を作れると思うからです。
  でも最終的には、自分のためなので、自分のがんばれるやり方をいろいろ探して、自分にあった勉強のやり方をやればいいと思います。

※私は学びに競争は必要だと思います。なぜなら、なんでも前回の結果より今回は上を目指そうと思うからです。
  例えば、定期テスト。中間テストの結果は前よりは、思ったよりはよかったと思っても、今度の期末テストは今回よりもっと点を上げようという気持ちに私はなります。それは、過去の結果と現在の結果を自分で無意識のうちに競っているからだと私は思います。
 逆に今回の結果が前より悪かったら、テスト勉強を前回よりもっと工夫して、いろんな空き時間などを有効的に使ったりして努力したら、結果きっと前回より良くなっていると思います。
  私も2年生の定期テストのテスト週間のとき、前回より点を上げたかったから休み時間に教科書を読んで復習などをしていました。これも、自分の結果と結果を比べている、つまり競っているということだと思います。
  私もこういうことを考えたことがなかったけど、こうやって深く考えたらこれからも、そうやって上を目指そうと思います。

※私は学びに競争は必要だと思います。理由は、競争やテストの順位があった方が勉強に集中しないといけないから、授業を一生懸命に受けられるし、未来的にもいいと思ったからです。それにテストの順位があると友達をライバルとして、競争しあい、勉強に精が出るのではないか、と私は思いました。
  前にこんなことがありました。私はテストの順位が低く、それを友達に話すと、次のテストでどっちが順位が高いか競争しよう、と言ってきて、そのとき私と友達の順位の差は5くらいでした。それからライバル意識が強くなり、授業をまじめに聞きだし、次のテストの順位は私のほうが高く、順位も10位くらい高くなっていたのでとてもうれしかったです。友達は負けてくやしそうでしたが最後には。次のテストは絶対に勝つ。といってはりきっていました。私は少し友達とのきょり間がちぢまったように思いました。
  こんなことから、私は競争は必要だと思いました。

※僕は競争して順位をつけるということが、必要だともそうでないとも思わない。つまりどちらでもいい。学びの面だろうがマラソンのようなものでもどちらでもいいと思う。しかし、マラソンのような競技などでは、競争しなければ意味が無いので、考えたとこで無駄ということになる。しかし、学力の面ではちょっと違ってくる。学力の面で競争したら次のようになると思う。まず、上位の者は、その現在のランクで満足するか、もっと上を目指して頑張るかのどちらかで、順位の低かった者も似たように、低いから落胆するかどん底からはい上がるために頑張るか、要はこの二種類に分かれるのではないだろうか。そもそも競争して順位をつけるという行為は、ほとんどの人間の本能的なものだといっても過言ではないだろう。競争して順位をつけるのが下の者をさげすむための行為ならそれこそ必要ないだろう。しかし、もっと上を目指して努力しつづける為のものだというのなら必要だし、むしろそうであってほしい。しかし、今の世の中両方の使い方をしていると僕は思う。だから、必要であってもそうでなくてもいいと思う。

※自分は、テストに順位は必要だと思います。理由は、順位があってこそ学びに競争があると思うからです。順位、または点数を見て、自分より高い点数の人がいたり、目標にしていた点数に届かなかったなど、いろいろあると思います。
  「悔しい。」誰もが思ったことがあると思います。「走るのが速い人に勝てなくて悔しい。」、「同じところを何度も間違って悔しい。」などあると思います。この2つは、どちらも「努力」をすれば「悔しい」という思いが一気にじゃなくても、少しずつなくなり、「楽しい」、「もっとやりたい」、「もっとなりたい」などと意欲が出てくるんじゃないかと思います。
 学びにも同じことがいえると思います。自分より高い点数の人がいたり、目標の点数に届かなかった時、「悔しい」の思いと同じに、「次こそは越えてやる!」、「次こそは目標の点数に達してやる!」という勢いを持ったとき、その目標を達するためにする「努力」は、決して無だなものではなく、次の結果に結びついていくものと思います。
  テストの順位を見て、この前のテストよりも上がっていたら、そこで満足せずに、もっと上を目指し、「努力」をしていけばいいと思います。
  驚きが出てくると思います。まわりの人が、自分をそれほど気にしていなかった人が「あいつが上に上がっちゅう。このままじゃ負ける。」といった感じに、何人かの人がそう思えば、このプレッシャーはまたたく間にまわりの人が感じ、お互いを伸ばし合っていくと思います。
  自分はテストに順位は必要だと思います。

※私は競争は必要だと思います。理由は、ほかの人に負けたくないという気持ちをもたせるために必要だと思います。しかも、負けたくないという気持ちをもって勉強をしたら、いい学校に入れるからです。
  しかも、頭のいい学校に行きたいと思っているなら、「そしたらテストで1位をとるぞ」という目標にもなるからです。だから学びに競争は必要だと思います。
  だいいちいっしょうけんめい勉強したらしたぶん、将来にもつながると私は思います。
  でも、今は親が子どものためにと思って「勉強、勉強」ってばっかりいうて、でもそうやっていうたら逆に子どもが勉強しなくなってしまう。でも、大人だって子どものときがあったがやき、子どものときの気持ちをわかっちゅうはずやのに、なんでそうやっていうがやおと思ってしまいます。だから、学びに競争は必要だけれど、その子どもの競争を支えてあげるのが親のできることじゃないかなと私は思います。

最後に6年生の意見です。代表して1名。
※学びに競争は必要か、私は必要だと思います。例えば、テストの時に順位を出されると“今自分はこのくらいの位置にいるんだ”と分かります。順位が下の方だと、次は何位を目指そうと自分自身の目標がもてます。上位だったとしても、この人に負けたくない、1位になりたいと思えます。
  もし、テストに順位がなかったら、自分は全体でどこの位置にいるかわかりません。なので、目標がなくなってしまうと思います。
 ですが、人によっては、順位を見て勉強して順位を上げようと思わない人もいます。だから、よく考えてみると、必要とも必要でないとも言えません。
 私が思う“学び”とは、ただ競争し順位をきそうことではなく、自分の目標を決めて着実に学んでいくことだと思います。どんなに小さな目標でも、どんなに大きな目標でも、目標をもつことで、自分自身と競争ができ、もっともっと学ぶ自分に変わることができます。





・「テニス」 中1
ぼくは部活やクラブに入っていない帰宅部です。でも、代わりにテニスをやっていて同じクラスの友達と小学校の人達とコーチとでいっしょにやっています。
 コーチは大会に何度も出ている人で、何十年もテニスとやっている父でも勝てません。
でも、コーチはぼく達にボランティアのように無償で週に三日、テニスを教えてくれます。
 その気持ちに応えようと一生懸命練習をがんばっています。
 いろいろな打ち方、打つ時の体勢などを学んで試合に出てテニス部設立という目標にむけて力を合わせています。
 そのためにもがんばって練習をつみ、コーチの言う事をよく聞いてプレーをしたいです。

・「楽しい合唱部」 中1
 私は、今の学校での楽しみは部活です!なぜかというと、私は歌が好きだからです。それから合唱部の人達もおもしろいからです。まずは部長の武政先輩は明るくて、おもしろくて、しっかり者です。次は、一年二組の笑里菜ちゃんは、おもしろくて、私とは親友です。
 部活の内容は、まず『腹式呼吸』をして、次には、『声出し』をします。声出しでは、ピアノの音に合わせて、『アー』と声を出します。声出しが終わったら、先生が来るまで休憩です。でも先生が遅かったら、先輩がピアノをひいたり、CDをかけたりして、歌っています。今、歌っているのは、『少年時代』『君をのせて』『めぐる季節』などです。とくに『めぐる季節』では、私一人で難しいとこを歌うことになりました。すごく難しくて、高パートから、いきなり低パートになって、しかも、シャープのところがあるのですごく難しいし、しかもその難しいところをソロで歌わなくちゃいけないので、本当に難しいです。でも、先輩が
「いっしょに練習しよ!」
と言ってくれたので、いっしょに練習しました。みんなで合わせる時にとても緊張しました。歌い終わったときに、吉良先生に、
「やよい上手に歌えたやんか!」
といわれたので、すごくうれしかったです。そして、また吉良先生が
「でも部員が少ないき、合唱ができんき、ソロで歌う歌を決めないかんねぇー」
と言ったので私は、
「やばっ!もっとがんばらないかん〜」
と思いました。でも、がんばって、コンクールで優秀、最優秀を取りたいです。

・「クラブ活動」 中2
 私はバレー部に所属しています。毎日四時半から六時半まで練習をしています。
 私のポジションはセンターです。センターは攻撃の中心です。アタックが打てないといけないし、ブロックだって必要です。私はそういう重要な仕事を任されているということをいつも頭において練習をしています。私の調子が悪いと、チーム全体に迷惑をかけてしまうし、練習を休んでしまうと他のセンター陣にレギュラーをとられる可能性だってあります。私はすごく負けるのがイヤです。先輩だからと言ってあきらめたりするのは絶対にしたくないし、「この人は上手だから無理だ」といって手を引いてしまうことなど絶対ありえません。あきらめたら、そこで終わりなのです。私は努力すればするほど後で良いものが返ってくると思っているし、自分のためにもなると思っています。クラブ活動では技術面だけでdなく、そういう精神面もきたえてくれると思います。
 バレーボールはチームプレーであり、個人でできるスポーツではないです。私がもっとチームのみんなから必要としてもらえるように日々練習を今以上に頑張って、少しでもチームに貢献できるようにしたいです。

・「部活動について」 中2
 私は、陸上部に所属しています。陸上は個人で戦う競技でもあるけどチームプレイでもあります。チームプレイだと短距離でいうとリレー、長距離でいうと駅伝です。私は、チームプレイはどちらかというと嫌でもなく好きでもありません。何故なら、自分のせいで全体が上手にいかなかったりするからです。そうなると、自分以外の仲間に自分のせいで…などと罪悪感を感じたりするからです。
 けれど逆に良い事もあります。それは、チームで成功した時です。その時はとても良い達成感が得られるのですごく気持ちがいいです。そういう場では、チームワークが試されます。チームワークは、とても大切な事だと思います。何故なら誰か一人でも自己中な人がいるとそのチームはもう団結できないからです。私は、みんなが一つになれる物があるということはとても素晴らしい事だと思います。
 私はそんなチームワークを大切にしていきたいと思っています。
 次は、チームワークじゃない個人戦のことについてです。個人戦とは、自分との戦いで自己ベストが出せたらすごく嬉しいです。でも逆に自己ベストが出なかった時はとても悔しいです。けれど、今回はやりきれなかったけど次回はがんばろうという気持ちになれます。そこが個人戦での良い所だと私は思います。 
 最後に…陸上部の前のこ問の先生がよく練習中に言っていた言葉があります。
 それは、「一人はみんなのために、みんなは一人のために」です。この言葉は、陸上部の中の合言葉みたいなものになっていて、練習がつらい時とかによく使っていて、私の中では、過酷な練習も乗り越えることが出来たし今となっては心のはげみにもなっています。
 このように、部活動をやっていれば、しんどいことも楽しいこともあります。部活動は勉強面とはまたちがった意味でいろいろな事を学べる場だと思います。

・「クラブ活動」 中2
 私は、吹奏楽部に入っています。楽器は高音担当の「オーボエ」という楽器です。木管という種類で、その中でも世界一難しい楽器です。
 部活でつらいことやしんどいことは、夏に吹くことです。外で練習するのでめまいがしたりしたことがありました。何時間も立てって練習するので、すごくつらかったことを覚えています。
 逆によいことや楽しいことは、まず、ずっとできなかった曲の一部がやっとできるようになったことです。今まで本当に苦労してよかったなぁと思いました。そのとき、達成感というのがあって少し自信がついたことが多々あります。
 もう一つは、先輩と後輩です。先輩はいつもすごく優しくしてくれて、相談にのってくれたりもしてくれます。先輩は私にとって大切な存在でもあります。
後輩は初めてできたとき、あまり自分自身が先輩という自覚がなくて、一年生の時の気持ちが少し慣れなかったみたいですごく不安でとまどっていました。しかし、実際に話していると、かわいくて楽しくて不安やとまどいもすっかり消えました。
今年の夏に、県大会という大事な大会があるので、今はその大会に向けて頑張っています。
今年も四国代表になります。

・「クラブ活動」 中2
 私はバレー部に所属しています。ポジションは、リベロです。リベロというポジションになってから一年経つけど、まだサーブカットがニガテです。なので、練習試合などで注意されたことは『バレーノート』というノートにメモしています。試合が近くなると見返して意識しながら練習しています。
 リベロは、どれだけセッターが上げやすいボールをもっていくかという仕事なので、とっても楽しいです。バックは、相手のコートも自分達のコートも見えるところなので、一番声を出さなければなりません。普段、先生に言われていることは「声を出せ。」です。毎回言われているので、普段から声を出そうと意識しています。
 バレーというのは、チームワークが大切です。一緒のコートの中にいる友達や先パイなどの信頼関係が一番大事です。
 試合の時、私がミスをしたらいつもはげましてくれる先パイがいます。お互い、はげまし合うのも大切だなと思いました。あと、陰で支えてくれている保護者さん達の協力もないといけないと最近改めて感じました。
 クラブ活動をして学んだことはたくさんあります。敬語やあいさつ、礼儀、友達の大切さ、支えてくれている保護者さん達への感謝などです。学校では学べないことをクラブでたくさん学べたのでクラブ(バレー)をして良かったなと思いました。
 これからも、上を目指して日々の練習を頑張りたいです。それと、とったボールは全部セッターのところにもっていけるように、頑張りたいです。

・「陸上部に入って」 中2
自分は陸上部に入っています。理由はただ単純、足が速くなりたかったからです。
入った当初は、当然のことながら、同じペースで走るどころか、追いつくことすらできずにいました。追いつけないのですから、速いペースで走るなんてとんでもないことでした。
本格的に走ったのは、このときが初めてといっても過言ではなく、また一五〇〇メートル、三〇〇〇メートルという距離を、走ったことどころか聞いたこともありませんでした。
今日に至るまで、記録会、大会、駅伝とたくさんありました。
自分の中で一番大きかったといえば駅伝でした。
長い距離をタスキわたしでつないでいく、このプレーは一度もやったことがなく、駅伝に出たのも初めてですから、不安がずしずしと重荷になってのしかかってきました。
走り終えることはできたのですが、後方にいた人に何人かぬかれてしまったことが、ショックという衝撃になって自分にぶつかってきました。
 自分はまだまだだと、ずっと思っていました。ですがそれを打ちくだくことがありました。それは三月に行われた記録会で、一五〇〇メートルを走ったときでした。それまで以前の一五〇〇メートルの記録は、五分二〇秒台でした。その記録会では何と、五分〇三秒という、自分が目標にしていた記録を大きく超えるものでした。
三〇〇〇メートルでは、一年の時一度だけ走り、十一分二十七秒でした。その記録を三十秒も上回る、十分五十七秒という記録で、十一分台の壁を突破することができました。
この二つの記録が、大きな自信を取り戻すきっかけとなり、二年となった今、より上の記録を越せるよう頑張っていこうと思います。

・「部活動について」 中2
 私は、吹奏楽部に入っています。なので、夏場とかは、斗賀野保育園とかからいらいが来ています。約一ヶ月後にひかえているので、今部活の中ではコンクールと保育園で演奏する曲を練習しています。私が思うには夏場が一番大変だと思います。私が思いうかべるのは、昨年の夏の合宿の事です。夏休みに入りすぐにあり四泊五日の滞在で場所は室戸でした。やっぱり夏
だったし、むこうの方が気温は高かったと思います。夜九時ぐらいだったか十時だったか忘れましたが、そのぐらいまで練習
をして十一時ぐらいに消灯でした。寝る所は何kmも離れてて夜道をみんなで行きました。途中、坂もあり本当にあれほどしんどい合宿は初めてでした。でも、その分体力が前よりも付いたり+なことがたくさんあって今では、本当に良かったなと思います。それで目標としていた四国大会で最優秀賞を取ることができ、良かったです。しんどい事をすればその分かえってくるし逆に楽なことをしたら、楽した分だけかえってくるそういう事も学びました。それから約一年が経ち中一だった私も中二になりました。そしてまたこの時期が来ようとしています。こもんの先生が変わったので今年の夏あの合宿があるかはわかりませんが、あんな貴重な体験が出きると、もう一回行きたいという気持ちがします。合宿が終わった時の達成感は最高です。これほどな達成感は私は今までなかったです。あの合宿には何かがあるのだと思いました。私の思う部活動は合宿のことばかり思います。たぶん私が年をとっても忘れないと思います。

・「クラブ活動」 中3
 私は、現在バスケットボール部に入っています。部活動は、バスケットをする上での技術を見につけるだけでなく、礼儀などの人間として大切な知識も見につける事ができる、すばらしいところです。
 私が所属しているバスケ部は、陸上競技などの個人競技とは違い、皆で協力し、プレーを成功させる団体競技です。一人でも自分勝手な人がいると、チームがバラバラになってしまい、いいプレーができなくなります。そんな団体競技だからこそ、個人競技では学ぶ事のできない、仲間の事を考え、お互い励まし合いながら頑張るという、大切な事を様々な角度から学ぶことができます。
 このように、部活動をやっていると、いろいろな事を学ぶことができ、仲間と共に支えあいながら楽しくやっていく事ができますが、決して楽しいことばかりではありません。時には、しんどく挫折しそうになることも、たくさんあります。
 しかし、そこを乗りこえれば、きっといい結果がまっていると思います。だから、私は今までの努力を無駄にする事のないよう、引退までの短い間、精一杯がんばります。

・「クラブ活動で学んだこと」 中3
 私は今、バスケ部に入っています。私がバスケをして学んだことは、最後まであきらめないということです。
その頃のバスケの顧問は、バスケについていろいろな知識を持っている人でした。私が初めてその人に本気に怒られたのは、二年生の頃にやった練習試合でした。私はその練習試合でシュートも入らず、パスもカットされていて私達のチームは負けていました。私はそんな試合をするのが嫌だったので、あきらめていました。そのことがプレーに出たのか、私はベンチに戻されました。私はベンチに戻された理由は分かっていました。けれど私は、何も言わずに座っていました。すると、顧問の先生に、
「あんたは何で戻されたか分かっちゅうがかえ!!」
と、思いっきり怒られました。私は何も言うことができず、ただ茫然とたっていることしか出来ませんでした。今思うと何故すぐに言わなかったんだろうと思います。私は先生の近くで何も言わずに立っていました。すると、
「何よえ!!何か言いたい事ないが!?」
と、言われ、私は、
「みんなが頑張ってやっているのに、私はあきらめていました。」
と言うと、
「何であんたはすぐにあきらめるが!?あんたの悪い所はすぐにあきらめることで!!」
と言われた私は、
「はい。」
と、だけしか言えませんでした。
「最後の最後までコートで走りきりや!!それが出来るがやったら、行きや。」
私は試合に出たかったので、コートに入らしてもらうと、ラストの一秒まで走りきりました。
 顧問の先生に本気で怒られたことで、今の私は、あきらめることなく、最後まで走りきれています。あの時、先生に言われなかったら、私はすぐあきらめるようになっていたと思います。
 そういったことで、私は部活で、あきらめない心を学びました。部活は、他にも私に、色々なことを教えてくれるものです。



・「遊び」  佐川小5年  
 ぼくの一番好きな遊びは、ぼっけんです。ぼっけんのルールは、まず一本の木を選びます。そして、その周りに円を書きます。そして、何秒数えるかを決めてぼっけんを始めます。数え終わったら、見ます。そして、だれかを見つけたら木の所に行って、
「〜〜さん(くん)ぼっけん。」
と、言って木をタッチします。そして、その見つかった人は、かくれている場所から出て来ます。そして、鬼は、次の人をさがします。つかまっている人を助けたかったら、鬼より早く木をタッチして、
「ぼっけん。」
と、言ったらつかまっていた人はにげて、鬼はまた数え直しです。ぼっけんのルールは以上です。たまにこのぼっけんをぞうの公園でやります。大ぜいでやったらとっても楽しいのでやってみてください。かくれて見つかってもまたタッチしてもらえるのが楽しいです。


・「遊び」  越知小6年  西森 文香
 遊びは、友達人それぞれでいろんなことで遊んでいます。絵を描いている人や友達とおしゃべり、バスケ、サッカー、おにごっこなど、女子は基本的に中で、男子は外と分かれています。でもわたしは、外でバスケットボールを友達とします。いろいろな人をさそって外までかけっこをします。たまに中で一年生と遊んだり、教室でおしゃべりもします。
 家では妹と、おはじきやおままごとにつきあっています。学校で友達と遊ぶやくそくをして遊びに行くこともよくあります。みんなでおかしを買って友達の家でおしゃべりをしたりテレビを見たりもします。
 放課後、みんなでバスケをします。わたしはだいたいバスケをします。バスケでシュートをきめたときは、チームで、
「やったー。」
「すごい。」
などと、みんなで手をあわせてよろこんでいます。
 お楽しみ会でみんなで協力する遊びもとても楽しいです。みんなで笑いながら、よろこんだり、くやしかったりとても楽しいです。


・「遊び」   佐川小6年  
 私の遊び方は、学校で女の子ほとんどといっしょに長縄をしたりドッチボールをやったりします。ときどきレクレーションでけいどろをクラスのみんなでやります。長縄では、みんなで八の字をやった時には・・・最高記録が四十一回なのでまたその最高記録をのばすために今、がんばっています。けいどろでは、男子対女子でやります。男子では足がはやい人がいるので四人ではさみうちをしてがんばってつかまえます。そのつかまえるのも楽しいです。学校はすごくすごく楽しいで〜す。
 そして次は塾のことです。塾では、友達といっしょに基地を作っています。前の基地はいい基地でしたが草がいっぱいはえてきたので別の基地にかえました。別の基地は虫などがこない所でした。やねのかわりにしていたカーテンになんとありの巣がありました。そのありの巣をよくみると、ありもいっぱいいっぱいいたけれど卵もすごく多かったです。その卵をよく見るとほんとうにありの形をしていました。それを私たちが見てみんなでさけんでしまいました。また中庭には、理科で勉強したことをいかして、てこをつかってシーソーを作りました。それはすごくよくできみんなでよく遊びます。またありの巣ができたので・・・・・・・・・・・・!
 またまた、別に基地を今作っています。今作ろうとしているけどまたまたかえるの穴がありました。それでまた作るのをやめました。
 次は木を生産するためにがけっぷち漁をしましたが、なんとなんと友達二人がこけてしまいました。でも軽しょうだったのでよかったと思います。
 これからも、勉強したことをいかしたいと思います。




「学校」 新小6
 四月七日からは、新学期・新学年が始まります。一年から五年までやってきましたが、六年生を見ていると、一番大変なんだ、と思いました。
 六年生になると、勉強も5年生に比べると、一だん、むずかしくなります。水泳記録会、大運動会、陸上記録会。記録会では、新記録を出すため、全力を尽くさなければなりません。運動会でも、係や競技、全部に全力で取り組まなければいけません。
 また、修学旅行や学年行事などたくさんの行事があります。
 それを、全部乗り越えると、小学生活から中学生活へと変わります。
 卒業するのは、まだまだですが、在校生に、「こんな六年生になりたい」と思われる、最上級生になりたいと思います。
 最上級生というすごく大きな課題・・・・・・。とても大変だと思うけど、みんなのリーダーとして、がんばりたいと思います。
 小学生活の最後の一年間、悔いのないよう楽しい、良い学年になりたいと思います。


「学校」 新小6
 学校に行くときはいつも、近くに住んでいる友達と行きます。学校に着くと、色々な友達が声をかけてくれます。
「おはよう。」「昨日、楽しかったね。」「今日遊べる?」「昨日のテレビ・・・。」
 そんな会話が飛び交うなか学校生活が始まります。朝の会から帰りの会まで、笑ったり、泣いたり、一日一日がとても楽しいです。
 でも、そんな楽しいクラスは、終了式で終わりました。一年よりも二年よりも三年よりも四年よりも早く時間が過ぎたように感じます。早く感じたということは、その一年が、その一日一日が、とても楽しかったということです。次は、学校の最上級生です。小学校最後の一年なので、思いっきり楽しんで、悔いの残らないようにしたいです。そして、五年よりも楽しい一年になるよう、がんばります。勉強も胎児ですが、友情も大切にしていきたいと思います。


「学校」 新中2
 私は学校があまり好きではありませんでした。中学校になって上下関係や勉強にとまどいを感じて、うまくいかなかったからです。
 でも友だちとの゛休み時間“は楽しくて、大好きでした。
 ある時、友だちに「学校、楽しい?」ときいてみました。友だちは少し悩んだあと、笑顔で「楽しいよ!」と答えました。訳をきいてみると、「だって友だちとかふえたし、センパイも優しいもん。」と言いました。
 私は少し恥ずかしくなりました。
 その時の友だちの笑顔が、すごく充実したものだったからです。
 それから私は、少しずつですが苦手なことと向きあうようになりました。時々、いつものクセでにげだしそうになったり、にげることもあるけど、前より少しだけ充実してきた学校生活が、楽しいです。
学校には、にげ道がいっぱいあります。
でも、その先には必ず行き止まりがあります。そこでまた別のにげ道をさがして、どこか後ろめたい学校生活を送るより行き止まりの高いカベをのぼって、こえて、充実した学校生活をおくる方を、私はえらびます。


「学校」 新中2
自分は佐川中学校に通っています。
自分が佐中でいいなと思うところは、先生です。優しく接してくれたり、ビシッと怒ってくれたりと、男女か関係なくしてくれます。
部活動の先生もそうです。どのようにしたらうまくできるかをしっかり教えてくれます。
もう一つ、いいなと思うところは先輩の存在です。もうすでに卒業して約二週間になりますが、いまだに先輩のおおきさというものを感じます。
体育祭や部活動で、いろいろと教えてくれました。ダメなところがあったら、ちゅうちょなく怒ったり、できればほめてくれました。
自分はそんな先輩になれるか分かりませんが、少しでも近づけるようにがんばりたいです。
逆に、自分が佐中でいけないなと思うことがあります。
それは、先生によって態度が変わることです。男の先生であれば、力強く怒り、なんといっても気迫があります。
それに比べ女の先生は、それほど強く怒ることがない、強く怒ってもそんなに恐くない、という風になっています。
いけないことだと思ってはいるのに、それを注意できない自分もいけないと思います。



「友だち」    中1 
 私の宝物、それは友だちです。友情はお金では買うことのできない、大切なものです。私は最近、友だちと遊んでいる時に、幸せだなと感じることがあります。やっぱりそういう気持ちにさせてくれるのは友だちのおかげだと思います。逆に友だちが一人もいなくて、誰とも遊ばない、そんなのだと幸せだなと感じることもないし、すごくさみしくなると思います。
 私の親友は、悩みなどをいつも聞いてくれて、困っているときにすぐに助けてくれる、すごく大切な存在です。もちろんケンカをして大嫌いと思うこともありますが、やっぱり一人しかいない大切な親友です。悪いことをしていたらちゃんと教えてあげる、そういうことを言い合える関係にもなっていきたいです。
 今、いる友達は一生失いたくない仲間だし、もっともっと絆を深めていける、そういうと友達関係を築いていきたいです。


「友だち」   中1 
 僕は友だちというのは宝物くらい大切と思っています。
 友だちとは助け合ったりして信じあえると思います。また友だちはどんなときでもそばにいてくれるのです。僕の周りにはいろいろな友だちがいます。その中でも一番大切なのはやっぱり親友です。親友はどんな相談にものってくれる存在です。僕の親友は幼稚園のころから同じだった友だちです。でも2年生の時に一度いの町に行きました。その時はすごく悲しかったけど3年生のころにもどってきました。その時はすごくすごくうれしかった。僕達はその時からもっと親しくなりどこへ行くのも一緒でした。
 僕の中ではやっぱり友だちはいいなーとすごく思っています。
 僕は友だちがいなくなれば絶対に生きていけないなーと思います。


「友達」   中1   
 友達はとても大切なそんざいです。 私は小学5年生のとき不登校になってしまいました。それはいじめに合ったからです。とても信じていた人からいじめをうけました。私は最初に机の中の紙にいやなことが書かれていました。でも私は気にせず先生の所に持っていって先生が「誰がやったか調べてみるきね」といわれなんとも思っていませんでした。けど、次第にいじめがひどくなって話しかけても無視されるようになりました。だからといって友達の少ない私にとって相談する人がいませんでした。かといって親にも相談できませんでした。 私はだんだんと具合が悪くなっていって学校を休むようになってきました。そのときに連絡を入れたふうとうを友達が持ってきてくれました。でもその中にススキが入っていました。それで持ってきてくれた友達に電話をかけてそれで「あんたが中に入れたが」と私がいいました。そしたら「ごめん」とあやまってくれましたが、私は許せませんでした。本当に信じていたのに裏切られたという感情でいっぱいでした。そして私は不登校になってしまいました。 それからいっときして家に謝りにきてくれました。それから保育園からの友達が家にひんぱんに来てくれるようになりました。私はその友達に支えられて、六年生になったときやっと学校に行けるようになりました。 それで今は友達がまわりにいてとても楽しい日々です。私は友達が大好きです。もしその友達が家に来てくれなかったら私はどうなっていたんだろうと今思います。友達あっての私だと思います。


「友達」   中1   
 ぼくは、ともだちんというものはなくてはならない存在だと思います。なぜなら自分が困っている時色々と協力してくれたり助けてくれたり、泣いている時なぐさめてくれたりするからです。自分もそういうことをしてやらないと友達とは言えないと思います。
 今、友達がいるから自分はとても成長して毎日楽しく学校にいけると思いました。
 それに友達がいなければ学校も楽しくないと思います。
 それに不登校の人も自分で友達を作れば楽しく学校に行けると思います。
 だからぼくは、友達はなくてはならない存在だと思います。これからもいろんな人に出会って友達になって友達をふやして、友達をとても大切にしていきたいです。


「友だち」  中1   
 私にとって、“友だち”とは私が困っている時に助けてくれたり、なやんでいる時に一緒になやんでくれる、そういうものだと思います。例えば、バレーの試合で負けてくやし涙を出している時、友だちがはげましてくれたり、一緒に泣いてくれる時わたしはすごくうれしくてやっぱり友だちって大切だなと改めて感じました。たまに仲の良い友だちとケンカした時、結局最後に仲直りしてケンカすればするほど仲良くなっていく友だちは本当の友だちと思います。でも逆に、ケンカするとだんだんエスカレートして、相手のイヤなところだめなところを見つけて、他人に悪口を言って最後には仲直りをできないこともあると思います。私は、相手のいいところを見つけられる人も本当に大切な友だちと思います。親とかに相談できないこと(たとえば恋のことなど)があると、やっぱりたよるのは友だちです。私も反対にたよられると、とてもうれしいです。もし、友だちが困っているときに助けてあげ、私が感じていることをその友だちにも感じてほしいと思います。これから、いろいろな大変なことがあると思うけど、友だちとはげまし合ったりして友だちが大切だなと思えられる今だからこそ、これからも友だちを大事にしていきたいです。


「友だち」  中1   
 僕の回りには、友だちと思える人は少ないと思う。小学校の頃は、一年生の頃から、なぜ自分はこんなに怒りやすいのだと思っていた。そのうち、学校という物がきらいになってきて、なんで自分はこんな所にいないといけないんだろうと思っていた。
 二年生くらいになった時に、じゅくに入り最初のうちは、問題がいっぱい出て来ていた。知らない人との環境がものすごく怖かった。友達もいないし、話し相手は先生だけというのがいやだった。せめて、この環境内に自分に親しい人がいてほしかった。
 このようなたいけんから僕は、一人というものがものすごくこわいという事を知った。やっぱり人は一人じゃ生きていけないと聞いた事ががあるのだけれど、それは本当だなぁと思った。親しい人がいるだけで、自分の世界はものすごく変わるんだなと思った。友だちはものすごく大切な物だと思った。
 
 
「友達」   中1   
 友達とは一体何だろう。「友達だからこれをくれ」「友達だからつげ口はやめて」などというがぼくはそうではないと思う。本当の友達は互いに助けあい、認めあい、競争しあうのが本当の友達だと思う。だが、人のことをいじめたり、悪口をいったりしている人がいるけれど、それは本当にその人がいやでいっているのではないと思う。友達はいじめるんではなく競争しあっていくライバルだと思う。ライバルがいると、負けたくないと思って一生懸命にがんばれる。そして勝っているほうは、追いつかれると思ってがんばれる。ライバルがいないと、ライバル意識が無いので、そんなにがんばれない。そんな面でライバルはいたほうがいいと思う。そうしたら、互いにがんばれる。はげましあえる。くじけても立ち上がれるようになると思う。友達(ライバル)はかけがえのない人間であると思う。


「友達」  中1   
 私が思うに「友達」は、今もこれからも、大切だなと思います。そのわけは、例えば嫌なことがあると友達に話したり、グチを言ったり、じょう談を言ったり、私は友達がいないと絶対に生きてゆけないです。それほど大切です。ことわざで「けんかするほど仲がいい」というように、たまに、けんかもするけど本当はそれほど仲がいいのだと思います。でも自分はしょっちゅう友達をおこらせていてやっぱり自分の言動をちゃんと直さないけないなと思います。自分の長所を伸ばしてくれるのも、友達だと思うし、短所を直してくれるのも友達だと思います。その分、自分がちゃんと受け入れないといけないのですが、やっぱり認めたくない自分もあるので、これから直したいです。それで色々な面で友達は必要だし、また人間関係の勉強にもなると思います。なので友達を大切にしていきたいです。


「友だち」   中1   
 私は小学校の頃の友達付き合いより中学校に入って新しく出来た友達付き合いの方が楽しいです。その理由は、小学校は一つだけでどっかと交ざる(一緒になる)ことがないので友達の数は少数に限られます。しかし、中学校になると佐小の人と斗小の人が一緒の中学校に通うので小学校の頃からいえば友達が多数に増えるということです。しかも、中学校に入ると、部活動ができます。部活動に入ると、先輩・後輩という関係がでてきます。正直言って私は敬語でしゃべるのが上手ではありません。なので部活動で先輩に物事を言うときは上手な言葉づかいをしようと意識して考えて物事を言っています。先輩は友達でも家族でもないので非常に言葉づかいが難しいです。この他にも理由があります。その二つめの理由は友達は自分が困っているときにかけがえのない存在だと思います。なぜなら私が実際そういう体験をしたからです。その時にあぁ友達っていう物はこういうことなんだ、と改めて感じ取りました。私は次、困っている友達がいたら私にやってくれたように同じことをその人にしてあげられる人になりたいです。私はそういう風にこれからも友情関係を改めて感じ取っていき、友達から色々学んで行きたいです。友達は一生の長い長い付き合いだと思っています。





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